代表メッセージ

株式会社ちかなり
代表取締役会長兵頭 秀一(右)
代表取締役社長高橋 康平

メッセージ(文:兵頭秀一)

株式会社ちかなりは第12期の業務開始となる2018年9月1日で代表取締役社長に高橋康平(旧職:執行役員)が就任いたしました。同時に創業者である私は会長に就任いたします。今回の人事は前向きで積極的な世代交代であります。社長人材というのはなかなかいないものですが、高橋は大学を卒業して当社にジョインした時点から経営者としてのスタンスで仕事をし日々成長を続けてきました。早々に次期社長は彼しかいないと思いました。バトンタッチの時期は5年くらい先を考えていました。 しかしある日、その考えが変わる出来事がありました。取引先の社長さんと会食をしていた時のことです。その方は22歳の時に起業をして成功された方です。まだ30歳になるかならないかの年齢にもかかわらず驚くほどの知識と経験、戦略頭脳を持ち合わせていました。社長は社長業で育つのだということを改めて強く感じました。 高橋を5年待たせることは高橋の可能性にブレーキをかけることになってしまう。そうなってしまったらそれは私の罪だと考えました。 すぐに高橋に言いました。「今年の9月から社長やるか?」高橋の回答はこうでした。「え?兵頭さん、まじですか?いいんですか?」この返答は私にとってマルです。とても嬉しいものでした。「いいんですか?」の一言が気に入りました。 社長業は「商品開発、営業、人事、経理財務、不動産」の5つの戦略の担い手であることが必要ですがその経験はこれまでの間に順次積ませてきました。53歳の私が社長をしているよりは23歳の社長の方が当社にかかわるすべての方々に確かな50年ビジョンをお見せすることもできると考えています。100年も200年も発展を続ける会社を戦略的に目指します。そのために大切にしていることは世界的ベストセラーである名著、「ビジョナリーカンパニー」の教えです。
 
1.製品ではなく企業そのものが究極の作品と考える
2.現実的な理想主義
3.基本理念を維持し発展を促す
4.社運を賭けた大胆な目標
5.カルトのような文化
6.大量のものを試してうまくいったものを残す
7.生え抜きの経営陣
8.決して満足しない
 
この教えに深く共感したのは昨年のことです。つまり会社経営を10年間行ってきた実感として永続する会社の条件はこれに間違いないと確信したのです。この秋には会社の飛躍に向けた大きな仕掛けを二つ用意しています。今後とも株式会社ちかなりをどうぞよろしくお願いいたします。

高橋康平略歴

1994年生まれ。東京経済大学卒業直前の2017年初頭に兵頭の出資を受け株式会社ICHIBANBPSHIを起業。代表取締役社長となる。同年6月より株式会社ちかなり執行役員営業統括を兼務。2018年9月株式会社ちかなり代表取締役社長に就任(株式会社ICHIBANBPSHIは清算予定)。 代表の兵頭との出会いは高校3年生の夏。兵頭が監督を務めている東京経済大学バドミントン部監督推薦入試のセレクションに参加。その際に同大学生の先輩に全勝。入学後は1年次からエース、3年次には主将として活躍。東京経済大学バドミントン部を創部50年で最高の成績に押し上げる立役者となる。 社会人になって以降はその関心をバドミントンから仕事にすっぱりと切り替え仕事に邁進。年間300冊以上の本を読む超読書家でもある。ジャンルは問わずビジネス、歴史、哲学まで人としての成長に役立つ本はなんでも読む。特に坂本龍馬の生き方に強く影響を受けている。

兵頭秀一略歴

1965年生まれ。東京経済大学卒業後、株式会社いなげや(食品SM:東証一部上場)に就職。 28歳の時に人事部に配属となり、以後は人事の専門家としての道を歩む。 複数の企業をキャリア転職。特に採用業務の責任者として数々の実績を残す。 2003年にはパチンコホール企業で業界初の年間600人大卒採用をプロデューサーとして成功。 2007年にはITベンチャー企業で当時は驚異的とされた月間50名の中途採用を成功させる。 その他人事業務としては人事制度構築、労務厚生、春闘事務局などを経験。 38歳の時に会社員を続けながら週末起業を開始。 バドミントンのシャトルコックの輸入販売で週末起業ながら年商数千万円を実現。 このころ会社経営の基礎を実践的に学ぶ。 また「バドミントン」の検索結果がビジネス的に空白であることに気づきバドミントン情報サイト「BADNET」を開発。 WEBメディア事業も成功させ、これが後の合説どっとこむ開発、成功への大きな経験値となった。 2007年にはITベンチャー企業で出会った仲間と就職サイト「合説どっとこむ」を開発しリリース。 これもBADNET同様、「合同説明会」の検索結果がビジネス的に空白地帯であったことに目を付けたもの。 2008年には合説どっとこむ運営会社として株式会社ちかなりを創業。 現在の礎を築く。 だが、合説どっとこむの認知度普及と事業化には3年を要す。 この間は週末起業としてちかなりを筆頭株主の立場で経営。 完全に脱サラし会社経営に専念したのは2011年、ちかなりの第4期時点。 同時に代表取締役に就任。 2011年には日本おいてFacebookが流行。人材業界ではいち早くその波をとらえ「Facebook+就職」でメディアを開発。 これによりテレビ取材、新聞取材、大学講演などの依頼が殺到した。 バドミントン情報Facebookページで現在も国内最多のファン数を持つ「Badland」を考案、リリースしたのもこの年。 同じくこの年に面接力養成就活講座を企画。 構成、テキスト執筆、主任講師を務め、2018年現在では北海道から九州まで開催される大型ヒット企画となった。 同講座の累計の参加者は1万人を超える。 現在も週2回程度楽しんでいるバドミントンは埼玉県立岩槻高校で16歳の時に開始。 以後は東京経済大学バドミントン部主将~国分寺市代表選手~昭島市代表選手~青梅市代表選手兼監督を経て現在は東京経済大学バドミントン部総監督。 50歳の時にはちかなりバドミントンクラブで東京都実業団選手権に参入。監督兼選手として出場し7部リーグ、6部リーグを連覇した。 47歳のころから写真家としても活動。 2015年のインドネシアでの世界選手権などバドミントンの国際大会を数多く撮影取材している。

現在の肩書は
株式会社ちかなり代表取締役
就職サイト合説どっとこむ編集長
バドミントンサイトBadland編集長
東京経済大学体育会バドミントン部総監督
フォトグラファー

【著書】
受かる面接、落ちる面接 人事経験者だけが知る採用と不採用の境界線(あさ出版)

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